2000年前後の食品の安全 

2000年前後の食品の安全についてご紹介しています 
1996年に連続してO157事件が発生した事で、日本における食品の安全に対し、疑問符が投げかけられるようになりました。
そしてその二年後の1998年、和歌山県でとある地区における夏祭りで、出されたカレーに毒物が混入しているという事件が発生し、4人もの死者が出ました。
これは10年以上経った今でも未だに決着がついていない事件で、既に二度死刑判決が出されているという事からも、非常に大きな問題であった事がわかります。
食品の安全というのは、これまでは意図しないところでおきるものという認識が大半でしたが、人為的な事件として連続的に発生するという異例の事態になってしまったのです。
これは、グリコ森永事件のような、自殺者などが被害者として出たものの、直接的に食品に混入された薬物による被害者が出なかった事件とは違い、防ぎようのないものでした。
日本の食品の安全は、徐々に崩壊の足音を聞くことになります。
そして、2000年。
21世紀を目前に控えた日本において、現在の流れを決定付けた事件が発生します。
雪印集団食中毒事件です。
日本における最大級の有名メーカーが、死者を出す食中毒事件を生み出してしまった事で、食品の安全、日本における食の安全神話というものが完全に崩壊してしまいました。
この事件は、北海道の大樹工場が生産していた脱脂粉乳が停電によって病原性黄色ブドウ球菌を増殖させ、それを元に雪印乳業大阪工場で作られた低脂肪乳を飲んだ人たちが食中毒被害にあったというものです。
これによって、大きく流れが変わっていきました。

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